待つことの 大切さ
今日の昼食は新京亭のワンタン麺です。最近の休日は新京亭→オリオン→上海楼→やひこを巡回しております。大変幸せであります。
飯田市上郷飯沼地区のリニア新駅周辺整備が進んでおります。本日は旧家を片付けに行って参りましたが、周辺は多くの民家が撤去されております。旧家の2回からの見晴らしも南アルプスまでこの通り開けました。
さて、月間「武道」を読んでいると、(何を読んでいるのかということですが)日本人の心根を考えるという連載に竹内整一東大名誉教授の「待つ」についてのコラムが掲載されており、つい読み入ってしまいました。
辞書では「待つ」は「物事・人・時が来るのを予期し、願い望みながら、それまでの時間を過ごす」とありますが。その「待つ」行為に潜む尊さを、先回りして「結果」を欲しがることではなく、内から湧いてくる大きな自然・必然の働きにに身を任せることへの納得や悟りの醸成に日本人の「忍」の感性に通じる良さがあるというものです。
「待ち遠しい、待ちわびる、待ち焦がれる、待ちくたびれる...」待つことを表した豊かな表現は日本語ならではだと思います。わたしも毎日交信相手を探して気長にワッチすることで「待つ」ことを実践しており、振られることの方が多いため願いが成就した時の喜びはひとしおであります。









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